53.『ロシアン・ドールズ』 シャンテ・シネ

IMAO2006-05-29

この『ロシアン・ドールズ』は
前作『スパニッシュ・アパートメント』の続編だが、
その軽いトーン&マナーは継承されている。
そしてそのさりげない「巧さ」もまた継承されている。


ロマン・デュリス演ずるグザヴィエはフランスに帰国して30才
になろうとしている。彼はフリーのライターで、いつか作家
として認められる事を目指しているが、肝心の小説を最近は
書いていない。
彼は数々の女と付き合うが、深い関係にはなってもその関係は
長くは続かない。まだ彼は「理想の女」を探しているのだ。
だが、そうした生活と自分自身に嫌気がさしていて、彼は
移動中の列車の中でこれまでの経緯を小説に書き始める・・・


と、ここまでのストーリーを読んだ方で映画好きの人なら
気付く方もいるかと思いますが、これはフランスのある映画に
似ていますね。
その事は監督のセドリック・クラピッシュ自身も認めていて、
「『ロシアン・ドールズ』に最も影響を与えてくれたのが、トリュフォー
の『恋愛日記』だったのです」(パンフより)
でもトリュフォーの『恋愛日記』が「笑いがのどにつかえるコメディー」
だったのに対して、この映画の流れはあくまでも軽やかで、淀みがない。
良いお酒が後に残らない様に、この映画の「美味しさ」は後に残らない。
ただ、その美味しさの印象=幸福感だけが後に残るのだ。


一番感心したのが、これだけの登場人物が出てくるのに、
皆が等しく魅力的に描かれている事だ。
普通映画の構成は登場人物の葛藤や対立を中心に描かれるので、
どうしても一人くらい悪人になってしまう事が多い。
だがこの映画の登場人物達は生活に塗れながらも愛おしく生きている。


もちろん、俳優陣も素晴らしい。
最近のロマン・デュリスは『真夜中のピアニスト』や
愛より強い旅』等でも素晴らしかったのだが、
この映画ではあくまでも「軽み」を表現している。
そして「軽み」を表現出来る俳優というのもなかなかいないのだ。
セドリック・クラピッシュロマン・デュリストリュフォー
「ドワネルもの」の様な方向を求めていたらしい。
二人して『大人は判ってくれない』から観直したそうだ。
(若い時のジャン・ピエール・レオーは軽さを表現出来る数少ない俳優だ)
オドレイ・トトゥは『ダ・ヴィンチ・コード』でのやる気のなさ、と比べると
本当に生き生きとしていて、可愛らしい。
その他にも、昔の男との縁が切れない、イギリス人女。
スーパーモデルの女。同性愛の女、
ロシア女を追いかけていってしまうイギリス男・・・
それぞれの登場人物達が「生きて」いる!!


でも、そしてそんな登場人物達を作り出すのは、やはり「演出」だ。
そしてそれを飄々とやってのける
セドリック・クラピッシュは実は相当な職人だ。
彼は多分「巨匠」と言われる事もないだろうし、彼自身も職人で
ある事を望んでいるのだろうが、実はこんなに巧みな演出を
出来る人は実は世界でも数少ない。
「深刻さ」を表現するよりも「軽さ」を表現する事の方が難しい・・
そんな事を言っていたのは確かフランソワ・トリュフォーだったと思うが、
クラピッシュは正にその難しさにチャレンジし、成功している。