139.『紀子の食卓』 アップリンクX

IMAO2006-12-27

今年も押し迫ってきたが、
ここに来てスゴい作品に出会ってしまった・・・
ひょっとしたら今年の邦画のナンバーワン、
いや今年観た映画の中でもトップ5に入る作品。
心がかき乱され、揺さぶられ、その高揚感がまだ続いている。
この作品はかなり好き嫌いがハッキリと別れる作品だろうが、
誰の心にもハッキリとした傷跡を残してゆく。
それだけは間違いないと思う。


ある家族がいる。
地方の核家族で娘が二人。その長女が家出する所から物語が始まる。
彼女はネットで知り合った女と出会い、その女が営んでいる
「レンタル家族」の一員として働く事になる・・・
というのが物語の導入だ。
この物語は今世界的に変わりつつある「家族」という
制度についての物語でもあるし、日常という舞台を
知らず知らずの内に演じている人々の物語でもあるし、
リアルと虚構の中で生きる人間の関係性の物語でもある。
「あなたはあなたの関係者ですか」
登場人物達は事ある毎にそう訊ねるが、それは
自らのアイデンティティーがこんなにも不安定な時代に
生きる我々への問いでもある。そしてその答を観る者に
強要するのだ。
園子温はパンフでこんなことを書いている。


これは現在の日本映画に巣食う「まったりとした」
「平々凡々な」「等身大の」「人を和ませる」「癒したりする」
映画では決して無い。むしろ、その逆である。


正にその言葉通りの、こんなにも毒気のある映画を
わずか二週間の撮影期間で撮り上げた園子温
実力には素直に敬意と恐れを感じた。
これは今年の総括でも書こうと思っていたが、今世界が
大変なグローバリゼーションの波に巻き込まれ、その中
で様々な軋轢が起きている時、日本ほど世界から目を
背けて内向きになっている国もないと思う。そして今年
僕が観た日本映画もそのほとんどがそんな「内向き」で
言葉は悪いが生温い映画だったのだ。
だが園子温は誰も言い出そうとしなかった日本の現実
を鋭く切り刻み、血を流す。その血はどす黒く、ドロドロ
としていて不快にさえ感じる。そうした荒療治が正しい
のかどうかは今の僕には判らない。だが、園子温
「目を覚ませ」と言っているのだろう、それだけは確実に
伝わってきた。


家族一人一人の行動に合わせてモノローグで、心情が
語られてゆくのだが、そのモノローグが半端でなく多い。
ちょっと多すぎるのではないか?と最初は思っていたのだが
詩人でもある園子温、このモノローグが詩的で、後に残る。
「いっぱいの心を小さなコップにそそいだら、あふれたのが涙・・・」
確かそんなモノローグも忘れられない。
キャスティングも素晴らしい。吹石一恵はカワイイけれど
芝居がイマイチだよね、とずーっと思っていたが、この映画
は彼女にとって転機となっただろう。この映画の撮影が二年前
だった事を考えるとなんか納得がいく。この所本当に良く映画
に出ている。その他、つぐみ、光石研吉高由里子(新人)、
三津谷葉子はどれも適材適所。
この映画のテーマとも密接に関わっている事でもあるのだが
母親のキャラクターはあまり説明されていないのが印象的だ。
如何に今「家族」という制度が虚構になりつつあるのか?
そうした事の計算の上での演出だろうが、もう少し母親の
キャラは説明されてもよかったかもしれない。
だが繰り返す様だが、この映画は決して生温くはない。
それだけのパワーとテーマ性が隠されている。そうした映画は
今の日本映画には本当に貴重だ。
園子温の新作『気球クラブ、その後』も観たくなった。


で、最後に余談なのだが、この映画アップリンクXで観ましたが、
椅子が映画館の椅子ではない!あれは腰痛持ちには辛いです。