8.『ミュンヘン』 T-JOY大泉

IMAO2006-02-04

ここ数年すごい勢いで映画を撮っている
巨匠スピルバーグの新作。
これだけの規模の映画を立て続けに撮れる人
は世界中見渡しても多分、このスピルバーグ
ピーター・ジャクソンくらいか?


映画の出来に関してはもうこの位のレベルになると、
あまり文句の付けようがない。
脚本、撮影、美術、演技、その全てに対して最大限の
配慮と時間と金がかけられているのが良く判る。
スピルバーグの映画を観ていていつも感心するのは、
毎回それなりに発見がある事だ。
彼はここ数年特にチャレンジングで、新しいテーマ、
新しい手法を積極的に探している。
「今何を描くべきか?」という事に対して非常に鼻が効いている。
アメリカが今最低の国になっている時に、
最高に輝いていた頃のアメリカを描き、
(『キャッチミー・イフ・ユーキャン』)
SF超大作を描いている様で、
9.11テロのメタファーを描いたり(『宇宙戦争』)
と要するに映画作家として冴えているのだ。
後はこのテーマに対してユダヤアメリカ人であるスピルバーグ
どう挑んだのか?という事だ。


正直言ってこのテーマは我々日本人にはかなり縁遠い話ではある。
宗教問題、人種問題、そういった話から日本程かけ離れた国も
ないからだ。そういう意味で政教分離した非常に珍しい国であるのは
確かだが、だからこそ靖国問題等に対して無頓着だったりもするのが
日本という国かもしれない。


と、話がずれてきたが、結局スピルバーグが出した結論は
「皆、テーブルに座ってメシでも食おう」という事だった。
それはそれで正しいと思う。
ちょっと気になる女の子と仲良くしたかったら、まずは
「メシでも食いに行かない?」から始めるでしょう?
それは一個人の恋愛から国同士の友好関係に至るまで同じ様な
事かもしれない。
ただ映画のラストスーンで描かれる様に、こちらにその気があった
としても相手にその気があるかどうかは判らない。だから人間は
難しい。そしてスピルバーグもまだ結論は出せないでいるし、
彼はやはりユダヤ人である、という事だ。それが良い悪い、の問題
ではなくて、彼がこの映画を撮る事で世界にどの様な影響を及ぼすか?
という事は意識するべきだろう。こういうテーマで客を呼べる映画を
撮れる人は世界広しといえども、やはりスピルバーグ位なのだから。


「メシ」で思い起こすのはスピルバーグ程、食事シーンにこだわって
いる監督もいないだろう。古くは『未知との遭遇』での食事シーンで
のマッシュポテト。最近の『宇宙戦争』でのピーナッツバターを塗った
パン・・・と、食事シーンや食べ物が重要なキーになる事が多い。
そして何よりも映画が人間を描く事だとしたら、食事をしたり、セックス
をしたり、熱い、寒い、を感じたりする事を描けるか、描けないかで
その演出の力量が判るのだ。スピルバーグは確かにサスペンスや
アクションシーンの描き方が巧いが、同時にそうした「日常の動作」の
描き方が絶妙に巧い。
そしてその「日常」を「ドラマ」として昇華させる方法も知っている。
それはつまり「考え(コンセプト)」を「アクション(動作)」や
「ビジュアル(画)」として表現する事に長けている、という事だ。
何か考えだけを言うのなら論文を書けば良い。でも彼は映画に、
そしてフィクションにこだわっている。
それは彼がそうした方法論でしか描けない事を表現しているからだ。


1映画ファンとして楽しめたのはフランス・パリでのロケが多かった事。
ラストタンゴ・イン・パリ』で使われたメトロ高架下が出てくるし、
キャスティングもフランス映画好きなら「ニヤリ」とさせられる。
マチュー・カソビッツ、マチュー・アマルリック
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ミシェル・ロンデール、
どこに出ていたか判らないけれどイヴァン・アタル等。
(この内三人が監督経験もある強者だ)
メイン・キャストとなると皆主役級の人ばかりだが、その誰もが非常に
良い配分で配置されている。その辺も巧い。


撮影に関してはここ数年ずっとヤヌス・カミンスキー
最初観ていた時
「あれ?スピルバーグってこんなにズームレンズ使う人だったけ?」
と思いながら観ていたが、パンフを読むとそれも狙いだった様だ。
今回は70年代ミステリー映画を意識していた様で、
例えば『フレンチコネクション』等のカメラワークや色のトーン等を
現代風にアレンジしたのだそうだ。そう言われれば、なるほどと納得。
毎回登場するサスペンスシーンも、相変わらず巧い。
でもスピルバーグはやっぱり子供は殺さないんですね。
これがパク・チャヌクとかだったら・・・・
衣装、美術等も70年代風が非常に綿密に再現されていて、
やはり予算の違いに唖然とさせられたが、良いお金の掛け方だ。
とりあえず、スピルバーグの代表作がまた生まれた。
この先彼が何本映画を撮るのか?それもまた楽しみではある。


で、最後に余談だが、パンフを買ったらサイズがデカすぎる!
最近のパンフレットはデザイン等がシャレていたりするのは
良いのだが、必要以上にデカいのは困る。
移動手段がバイク、自転車の僕としては、
せめて鞄に入るサイズにしてもらいたい!