20.『かつて、ノルマンディーで』 銀座テアトルシネマ

IMAO2008-02-10

豚の誕生シーンから始まるこの映画は、「生」と「死」についての映画だ、といってもあながち間違いではないだろう。
ニコラ・フィリベールはかつて自分がスタッフとして関わった映画『私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』のキャスト達を訪ねる。この映画は19世紀に、ある村で実際に起こった殺人事件を題材にした作品で、素人の村人達をキャストとして起用している。彼等を再び訪ねるのは30年ぶりだが、村人達は昨日の事の様に映画について語る・・・こうした過程の中で、豚の屠殺シーンがインサートされる。このシーンはある村人の日常生活としての一コマとしても捉えられるだろうが、ファーストカットの豚の誕生シーンとの対になっているのは誰の目にも明らかだ。「生」と「死」、それはつまり『私、ピエール・リヴィエール〜』のテーマでもある。そして映画もまた、過去の再生という意味で「生」と「死」に深く関わっている。フィルムに定着された時間はもう二度と起こる事のない「死んだ時間」だ。「死んだ時間」を再び蘇らせ構築する作業、それはある意味ではミイラ職人の作業だとも言える。
それでも人は記録する事を止めようとはしない。写真を撮り、映画を撮り、それを後生大事に保存する。そこに多分意味はない。単に人は記録(記憶)すること、物語ることを止める事が出来ないというだけだ。だがその事を今さらながら自覚させられる映画は少ない。映画と人生、人生と映画、その事に真摯に向き合う人だけが撮り得る映画だと思う。